井坪陽生選手はプロ4年目の選手です。
井坪陽生選手は2022ドラフト3位で阪神タイガースに入団しています。
井坪陽生選手は走攻守そろった選手で今シーズンの活躍が期待されています。
今回はそんな井坪陽生選手の家族についてまとめましたので、最後までご覧ください。
井坪陽生の家族構成まとめ!

井坪陽生選手の家族構成は5人家族です。
- 父・英彦さん
- 母・朋子さん
- 姉・日和(ひより)さん
- 兄・朝陽(あさひ)さん
- 本人(井坪陽生選手)
井坪陽生選手は東京都八王子市出身で2005年3月17日生まれの20歳です。(2026年2月現在)
井坪選手の名前の「陽生(ひなせ)」は「太陽のように周りのみんなを明るく照らす存在になってほしい」という思いが込められています。
井坪選手は4歳の時から野球を始め八王子リトル、八王子シニアでプレーし高校は関東第一高等学校に進学しています。
そして2022年ドラフト3位で阪神タイガースに入団しています。
プロ入りするまでは家族の大きな支えがありました。
家族についてそれぞれ見ていきます。
父の英彦さん
父の英彦さんは野球経験は無いそうですが、英彦さんの知人が地元の八王子リトルでコーチをしていたため息子2人を体験会に参加させて井坪選手の野球人生が始まりました。
英彦さんは野球経験はありませんでしたが息子2人には野球をさせたい思いがあったようです。
「私は野球経験はなかったけど、(男の兄弟)2人には野球をさせようと思っていた」と英彦さん。
引用元:スポニチアネックス
また英彦さんは井坪選手の小さな頃は破天荒な子だったと語っていました。
井坪選手がサッカーやドッジボールをやっていて絶対負ける状況になると気持ちが下がってしまって、どこかにいなくなる事が度々あったそうです。
また野球をやっている時も勝ち負けにはすごくこだわっていて「少年野球ではピッチャーをやっていたんですけど、チームメートがエラーしたら、グラブをたたきつけたこともある、とんでもない子でしたけど」と語っていました。
井坪選手は小さな頃から勝ち負けにすごくこだわる子だったようですね。
また父の英彦さんは毎年の家族旅行で井坪選手を伊豆旅行に連れて行っているそうです。
やさしいお父さんですね!
母の朋子さん

母の朋子さんは井坪選手が1軍のデビュー戦初打席初安打を打った時にサンケイスポーツに手記を寄せています。
朋子さんは初安打の瞬間は自宅のテレビで観戦していて、すごく興奮したと語っていました。
昇格初日での先発出場はないと思っていたので、スタメンと知って大変驚きました。初安打の瞬間は、「走れ!走れ! やった~!」と興奮しきりでした。
引用元:サンスポ
母の朋子さんもとても嬉しかったと思います。
朋子さんはその手記の中で井坪選手の強さは負けん気の強さだと語っていました。
井坪選手は兄の朝陽さんと小さな頃から一緒に野球をしていて、ケンカもしょっちゅうしていたそうです。
井坪選手が小学高学年の時、兄の朝陽さんがU12日本代表に選ばれた時に井坪選手は選ばれませんでした。
しかし井坪選手は兄に負けじと中学校の担任の先生に「絶対に俺はU15に選ばれるんだ」と意気込んでいたそうです。
そして井坪選手は中学3年の夏に見事にU-15日本代表に選出されています。
U12日本代表に選ばれた朝陽に負けじと、中学校の担任の先生に「絶対に俺はU15に選ばれるんだ」と意気込んでいた姿が、とても印象に残っています。その負けん気の強さこそが、陽生の強さだと思います。
引用元:サンスポ
この負けん気の強さが井坪選手をプロ野球選手にまで育てたようですね。
姉の日和(ひより)さん
姉の日和さんはマネージャー的な役割をして井坪選手を支えています。
自宅の庭には父の英彦さんが手作りしてくれた打撃ネットがあり、姉の日和さんは共働きの両親に代わってティー打撃のトス役をして練習を手伝ってくれたそうです。
日和さんは高校時代に吹奏楽部で甲子園で応援する夢を叶えています。
日和さんは社会人になった今でも草野球のマネージャーをしていて野球に携わっているそうです。
兄の朝陽(あさひ)さん

兄の朝陽さんは井坪選手より1つ年上です。
小さな頃から一緒に野球をしていて井坪選手にとって最大のライバルでした。
中学まではチームメートで一緒に試合に出場する事もあったそうです。
兄弟仲は良かったのですがグランドでもよくケンカをしていて、2人でキャッチボールをしに行ったと思ったら5分もしないうちにケンカして帰ってきていたそうです。
英彦さんは「年子ということもあって、グラウンドでもケンカはしょっちゅうでしたね。2人でキャッチボールに行ったと思ったら、5分もしないうちにケンカして帰ってきたり」と笑って明かす。
引用元:デイリー
井坪選手にとっては小さな頃から一緒に野球をしていた兄の存在はとても大きかったようです。
井坪陽生の幼少期は独自の世界観を持った少年だった!

井坪陽生選手の幼少期は独自の世界観を持った少年だったようです。
井坪選手には小さな頃から周りに流されず、自らの意志を貫く心の強さがありました。
井坪選手が保育園の時に「夏に食べたかき氷」というお題で絵を描く事がありました。
母の朋子さんがお迎えに行った時に井坪選手の同級生が書いたかき氷の絵が貼ってあったのですが、カラフルな色のかき氷の絵の中に1つだけ黒いかき氷の絵があったそうです。
その黒いかき氷の絵は井坪選手が描いたものでした。
母の朋子さんはその絵を見て「こいつ、病んでんのかって思った」と語っていました。
黒いかき氷を描いた理由を尋ねると「だって、このあいだコーラのかき氷を食べたじゃん」と屈託のない笑顔で答えたそうです。
母の朋子さんは1つだけ黒いかき氷があって親としてはドキッとしたそうですが、まわりの子に合わせるのではなく、自分の思いや経験をそのまま表現する井坪選手の思考に感心させられたと語っていました。
朋子さんは「はぁ~なるほどねぇと。ひとつだけ黒いかき氷があって、親としてはドキッとしました」と苦笑しつつ、「周りに合わせるのではなく、自分の思い、経験したことを絵にしていました。みんながピンクだから俺もピンクっていう考えはなかったですね」と、息子の思考に感心させられた。
引用元:サンスポ
他にも井坪選手は保育園の時に「馬に乗って保育園に行ってみたい!」と言った事もあったようです。
また小学生の時には授業で「野菜を知ろう」という事で畑に行ったのですが、その畑で飼われていたヤギに興味を持って「畑のおじさんと交渉して良いって言われたんだけど家でヤギ飼って良い?」と聞いてきた事もあったそうです。
この独自の世界観をプロ野球の舞台でも発揮してほしいと思います。
今後の井坪選手のご活躍を期待したいと思います。
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まとめ
今回は井坪陽生選手の家族についてまとめました。
- 井坪陽生選手の家族構成は5人家族である。
- 井坪陽生選手は独自の世界観を持っていて「黒いかき氷」の絵を描いていた。
- 保育園の時に「馬に乗って保育園に行ってみたい!」と言っていた。
- 小学生の授業で「野菜を知ろう」という事で畑に行ったら、畑にいたヤギに興味を持ち「畑のおじさんと交渉して良いって言われたんだけど家でヤギ飼って良い?」と言ってきた。
以上です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
