読売ジャイアンツの新人、竹丸和幸投手が2026年の開幕投手に選ばれたというニュースは、プロ野球ファンにとって本当に大きな驚きでした。
巨人の新人投手が開幕戦の先発を任されるのは、なんと64年ぶりです。
竹丸和幸投手は社会人野球の鷺宮製作所からドラフト1位で入団した期待の左腕ですが、実は竹丸和幸投手の野球人生は、決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。
今回は竹丸和幸投手の家族についてまとめましたので、最後までご覧ください。
竹丸和幸の家族構成まとめ!
【一軍】巨人 vs 阪神
— 読売巨人軍(ジャイアンツ) (@TokyoGiants) March 26, 2026
3/27(金)開幕投手#竹丸和幸 pic.twitter.com/HQP89gCyrE
竹丸和幸投手の家族構成はの4人家族です。
- 父
- 母
- 長男(竹丸和幸投手)
- 次男
竹丸和幸投手の実家は広島県広島市東区にあり、温かい家庭で育ちました。
竹丸和幸投手の家族の中で最も注目されているのは、熱狂的な阪神タイガースファンである父親の存在です。
広島県出身であれば広島東洋カープを応援するのが一般的かもしれませんが、竹丸和幸投手の父親は昔から阪神を応援しており竹丸和幸投手も幼少期から自宅で阪神戦をテレビ観戦する環境にありました。
竹丸和幸投手が小学2年生で野球を始めたきっかけも、父親からゴムボールを買い与えられてキャッチボールをしたことだったそうです。
なので竹丸和幸投手の野球人生の原点には、阪神ファンの父親の存在が大きいようです。
巨人と阪神は「伝統の一戦」と呼ばれるライバル関係にあるため、竹丸和幸投手が巨人からドラフト1位指名を受けた時の父親の反応が気になるところです。
竹丸和幸投手が指名の報告をした際、父親からは「おめでとう」という短い言葉だけが返ってきたそうです。
2026年の開幕戦が阪神戦に決まった時も電話で報告した竹丸和幸投手に対し、父親は対戦相手についてはあまり触れなかったそうです。
竹丸和幸投手は「父親が内心どう思っているかはわからない」と苦笑いしつつも、自分の投球で阪神打線を抑えることが親孝行になると考えているようです。
母親や弟に関する具体的なエピソードは多く語られていませんが、竹丸和幸投手は非常に家族思いな一面を持っています。
小学生時代の竹丸和幸投手は弟がいる影響もあってか、チームの下級生の世話を焼いたり気配りをしたりする優しい性格だったと恩師が明かしています。
ドラフト会見後には「改めて親に感謝を伝えたい」と語っておりプロでの活躍を家族全員が心待ちにしていることが伝わってきます。
阪神ファンの父親を持つ竹丸和幸投手が巨人のユニフォームを着てマウンドに立つ姿は、家族にとっても忘れられない光景になるはずです。
竹丸和幸投手の今後の活躍を見守っていきたいと思います。
竹丸和幸は実は遅咲きの左腕で野球をやめようと思っていた!
竹丸和幸!
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竹丸和幸は実は遅咲きの左腕で野球をやめようと思っていた時期があったようです。
竹丸和幸投手は中学や高校時代は控え投手として過ごす時間が長く、実際に野球を完全に引退しようと考えていた時期がありました。
中学生時代の竹丸和幸投手は体が小さかったこともあり、所属していた軟式野球チームでは3番手や4番手の投手扱いでした。
チーム内の実践試合などでもマウンドの数メートル手前から投げるよう指示されるほど球威に欠けていたといいます。
広島の名門・崇徳高校に進学した際も、入学時点の身長は170センチほどしかありませんでした。
3年生の最後の夏もエースナンバーではなく背番号10を背負っており周囲にプロへ行くような実力者が揃っている環境を見て、竹丸和幸投手本人は「自分にはプロ野球選手は無理だ」と思っていました。
進路面談でも「野球は高校で終えて、普通の大学生になる」と宣言するほど、竹丸和幸投手の引退への意思は固かったのです。
そんな竹丸和幸投手の運命を劇的に変えたのは、当時の崇徳高校の監督であった應武篤良氏による熱心な説得でした。
應武監督は竹丸和幸投手のしなやかな体の使い方や抜群のコントロールに将来の才能を見出し「大学でも野球を続けてみろ」と強く背中を押しました。
竹丸和幸投手は監督の言葉を信じて野球を継続する決心を固め、城西大学へと進学しました。
大学時代も主にリリーフを務めており、4年生の秋に1部リーグで活躍するまでは全国的には全く無名の存在でした。
竹丸和幸投手の才能が開花したのは社会人野球の鷺宮製作所に入社してからです。
竹丸和幸投手は社会人になってから本格的にウエートトレーニングを開始し2年間で体重を8キロ増加しました。
筋肉量が増えたことで球速は一気に152キロまでアップし、2024年秋に先発へ転向したことでプロのスカウトの注目を浴びる存在へと成長しました。
「野球を辞めなかった、本当にそれに尽きる」という竹丸和幸投手の言葉には日の当たらない道を歩んできたからこその重みがありますね。
竹丸和幸投手は中学・高校時代の挫折を乗り越え、不屈の努力で巨人の開幕投手という大役を掴み取った「努力の天才」です。
野球を辞めようとしていた無名の左腕が恩師との出会いや社会人での肉体改造を経て「社会人ナンバーワン」と呼ばれるまでになった軌跡はまさに驚くべき成長曲線だと言えるでしょう。
竹丸和幸投手の最大の武器はマウンド上で表情を一切変えない「ポーカーフェイス」と抜群の制球力です。
実はかつて所属していた鷺宮製作所のホームページでは特技として「やる気のない顔」を挙げていたというユニークな一面もありますが、これはどんなピンチでも動じない竹丸和幸投手の強心臓の裏返しでもあります。
プロの世界に入っても特注の枕やマットレスを揃えて体調管理を徹底するなど、非常に高いプロ意識を持って日々の練習に取り組んでいます。
竹丸和幸投手のこれからの目標は「10年間一軍で活躍し続けること」と毎年安定してチームに貯金を作れる「計算できる投手」になることです。
2026年3月27日の開幕戦ではかつて竹丸和幸投手が憧れていた選手たちがいた阪神タイガースを相手に巨人の新しいエース候補としての第一歩を刻みます。
父親が応援する阪神の強打者の佐藤輝明選手を抑えることを誓った竹丸和幸投手の熱い投球を私たちも全力で応援していきましょう!
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まとめ
今回は竹丸和幸投手の家族についてまとめました。
- 竹丸和幸投手の家族構成は4人家族である。
- 中学、高校時代は身長が低く3番手、4番手の投手で高校で野球を辞めるつもりだった。
- 大学4年生の秋に1部リーグで活躍、社会人野球の鷺宮製作所に入社してから才能が開花した遅咲きの左腕だった。
以上です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
