曽谷龍平投手は2022年ドラフト1位でオリックスバファローズに入団しています。
曽谷龍平投手は今シーズン自己最多の8勝を挙げています。
11月に行われる韓国戦の侍Japanにも選ばれていて、活躍が期待されています。
今回はそんな曽谷龍平投手の家族についてまとめましたので、最後までご覧ください。
曽谷龍平の家族構成は?
曽谷龍平投手の家族構成は4人家族です。
- 父・博一さん
- 母・香織さん
- 兄(2歳年上)
- 本人(曽谷龍平投手)
曽谷龍平投手は2000年11月30日生まれの24歳です。(2025年11月6日現在)
曽谷投手は奈良県生駒郡斑鳩町出身です。
その奈良県生駒郡斑鳩町は世界遺産の法隆寺や神社に囲まれた歴史情緒あふれる町です。
曽谷投手の家族についてそれぞれ見ていきます。
父の博一さん

父の博一さんは元高校球児でキャッチャーをしていました。
高校時代は斑鳩高(現・法隆寺国際高)の野球部員として明治神宮大会にも出場しています。
父の博一さんは高校卒業後、斑鳩町の役場に就職し現在は防災などの危機管理を担当しています。
父の博一さんは曽谷投手が所属していた斑鳩少年野球部のコーチをされていたようです。
父の博一さんはコーチをしているチームに息子たちがいましたが息子たちに特別な指導をしたことは無く、他の子と同じように教えたと語っています。
「私はコーチをすることになりましたが、息子たちに特別な指導をしたことはありません。チームの練習日に、他の子と同じように教えただけ。
引用元:日刊ゲンダイ
父の博一さんは子ども達が上達することとケガをさせないことを心掛けたそうです。
曽谷投手が中学時代に所属した志貴ボーイズの当時の監督・広瀬亮さんが父の博一さんは「野球パパのお手本のような人」と語っていました。
父の博一さんは応援に熱が入りすぎることも無く、温かく見守る人だったそうです。
「龍平のお父さんは野球パパのお手本のような人。応援に熱が入りすぎることなく、温かく見守るような方でした」(広瀬さん)
引用元:日刊ゲンダイ
また曽谷投手は野球道具をとても大事にしていてグラブやスパイクをいつもしっかり磨いていたそうです。
それは父の博一さんの教育が良かったとも言っていました。
父の博一さんは野球経験者で息子の曽谷投手をプロ野球選手にまで育て上げましたが、野球を押し付けたことは無いそうですよ。
野球経験者ながら、「息子に野球を押し付けたことはありません」と話す。
引用元:日刊ゲンダイ
父の博一さんは野球経験者でありながら息子たち無理やり野球をさせたわけでもなく、温かく見守る優しい方だったようですね。
母の香織さん
舞洲・秋季練習⚾️
— BsOZE41 (@bsoze41) November 4, 2025
曽谷龍平投手です🇯🇵🍀︎ pic.twitter.com/LjjofVNsN1
母の香織さんはお料理上手なようです。
曽谷投手の好きな食べ物は「母の作ったハンバーグ」です。
曽谷投手は帰省する時に楽しみにしているのが母の香織さん手料理なんだそうです。
曽谷投手は母の香織さんがいつも作ってくれるシイタケやキノコが入ったハンバーグが大好きだと語っていました。
すごく美味しくて忘れられない「おふくろの味」とも言っていました。
曽谷投手は母の日のインタビューでいつも応援してくれてる母の香織さんに対して、いいところを見せたいと語っています。
1軍で投げるたびに応援のメッセージをくれるし、試合にも見に来てくれる。いつも味方でいてくれて、誰よりも応援してくれる。そんなお母さんにいいところを見せられるように、もっともっと頑張っていきます!
引用元:サンスポ
また曽谷投手は「夢だったプロ野球選手になってプレーできているのも両親のおかげ」だと感謝の気持ちを述べていました。
2歳年上の兄
曽谷投手には2歳年上の兄がいます。
その兄は一般の方なのでお名前などは公表されていないようです。
曽谷投手は2人兄弟で兄の影響で野球を始めています。
兄弟は仲が良かったようで 「いつもお兄ちゃんにくっついていましたよ」と母の香織さんが言っていました。
とても面倒見の良い兄だったようですね。
曽谷龍平は予言エピソードがすごかった!
曽谷投手のすごい予言エピソードを2つ紹介します。
小学2年の時にプロ野球選手になる事を予言していた!

曽谷投手は小学2年の時にプロ野球選手になる事を予言していました。
小学2年の時に「20才のりゅうへいへ」と題した自分への手紙に「いまプロやきゅうのチームは、オリックスバハァローズにはいっています。」と書いていて、実際にドラフト1位でオリックスバファローズに入団しています。
曽谷投手は小学2年の時に「オリックスバファローズでプロ野球選手になっている」と手紙に書いた予言通りになっています。

本当にすごいですね!当時の担任の先生もビックリだと思います。
8歳のときに「20才のりゅうへいへ」と題した自分への手紙をこう書いた。「いま ボクはビールをのめますよ。いまプロやきゅうのチームは、オリックスバハァローズにはいっています。きみも20才になったらオリックスにはいってください。8才のりゅうへいより」(原文のまま)。
引用元:中日スポーツ
小学2年の時の夢を予言どおりに実現できたのは、曽谷投手の並々ならぬ努力のおかげだと思われます。
これからも曽谷投手の活躍を期待したいと思います。
「この子は体が出来上がる20、21歳になったら大成する」と予言されていた!
曽谷投手は「20、21歳になったら大成する」と予言されていました。
曽谷投手の地元は奈良県ですが、高校は秋田県の明桜高等学校に進学しています。
明桜高等学校に進学するきっかけは明桜高のスカウトで、PL学園の黄金期をスカウトとして支えた井元俊秀さんでした。
曽谷投手が中学3年の春にスカウトの井元さんが声をかけたそうですが、その時は断ったそうです。
しかし6月ごろに井元さんがまた足を運んで声を掛けたそうです。
その時に井元さんが「この子は体が出来上がる20、21歳になったら大成する」と言ったそうです。
父の博一さんはその当時は「何を言ってるんだろう」というくらいにしか思っていなかったようです。
曽谷投手は明桜高等学校では2年夏に控え投手として甲子園に出場していますが、3年間で全国的な知名度は得られませんでした。
しかし曽谷投手が高校卒業後、白鴎大に進学すると3年秋にエースになり大活躍します。
最優秀防御率などを含む投手5冠を獲得しています。
大学3年なのでちょうど20、21歳の時です。
井元さんが言った「この子は体が出来上がる20、21歳になったら大成する」とまさに予言通りになっています。
明桜高のスカウトの井元さんは中学生の曽谷投手を見て、大学で大活躍すると分かったいたのがすごいですね!
曽谷投手の侍Japanでの活躍を期待したいと思います。
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まとめ
今回は曽谷龍平投手の家族についてまとめました。
- 曽谷龍平投手の家族構成は4人家族である。
- 父の博一さんは元高校球児でキャッチャーをしていた。
- 母の香織さんは料理上手で香織さんの作ったハンバーグが曽谷投手は大好き。
- 曽谷投手は小学2年の時に書いた手紙に「オリックスバファローズでプロ野球選手になっている」と書いていて、予言通りになっていた。
- 明桜高のスカウトの井元さんが中学3年の曽谷投手を見て「この子は体が出来上がる20、21歳になったら大成する」と言ったが曽谷投手は大学で大活躍して予言通りになった。
以上です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
